そういうわけで、ついにマシンを買い換えました。
250を全開で走る楽しみはそれはそれで良かったですが、せっかく持っている大型免許を活かす方向で。
とりあえず近所にディーラーもあるし四輪でもBMWは好きなのでということで、最初はF750GAの試乗をしに行きました。アドベンチャー系のイメージを裏切る、下手すればNinja250SLよりも足つきの良い安心感に衝撃を受けました。
自分は日本人男性の平均にも及ばない低身長かつ、まあ、言ってしまえば胴長短足体型なので(穀物より肉が好きなんですがね・・・腸の性質と体型は関係ないんだろうなと思っています)、あの足つきはかなり魅力でした。
が、アドベンチャーを欲するのは未舗装林道を走りたいからという欲求からなので、フロント21インチの850を選択しました。
Ninja250SLは楽しく乗りつつ、「金が溜まったらもう一度大型でも乗るか」とあれこれ眺め、最初はMT07とか、Z650とか。あるいはトライアンフのストリートスクランブラーとか。そういうネイキッド系を考えていました。
が、Ninja250SLで 御荷鉾林道や中津川林道などのダートを走ったりしているうちに、やっぱりダートって面白いよなと。
そもそも、自分が高校生の頃に、バイトした金で最初に選んで買ったバイクは、それこそアドベンチャーバイクの始祖にして異端と言えるようなTDR250です。それから思えば30年近く、ブランクを挟みつついろいろ乗りましたが、やはり、どれが一番好きだったか?と問われればTDRなのです。
F850GSは、見た目のシルエットがそこはかとなくTDRに似ています。ま、扱いやすそうなエンジンなどの性格はちょっと違っていますが、どちらにせよ日本の林道で持て余すパワーを持っているという意味では一緒です。
なんとなく砂漠をイメージさせるような佇まいなどに、やはり自分のバイクに対する憧れの原点のようなものを感じて購入を決めました。(スーパーバリューローンで。)
足つきを考慮してスタンダードラインを選択したので、ローシートとローダウン、かつESA(リヤサスの電子調整)なしのモデルです。
試乗ではプレミアルムラインも何とか乗れると感じましたが、やはりツーリング中の大部分を占める舗装路であまりナーバスになりつつ乗るのも嫌だったので、2cmのゆとりと引き換えに若干のサスペンションストロークとESAを諦めました。
最後まで不安だったのは、21インチホイールの旋回性の悪さです。
試乗ではF750GSもだいぶ乗りましたが、フロント17インチの750が、本当にさらっと角を曲がれるのに対して、やはり850はどこか鷹揚な感じがあり、タイトなワインディングを好む自分のツーリングで楽しめるのだろうか?という点に一抹の不安はありました。
が、慣らし一発目で200キロほど、いつもの秩父・奥武蔵グリーンライン界隈を走ってきた結果としては、まったく問題なく楽しめました!
Ninja250SLの頃は、「あわよくば膝を擦らん」といった具合のフォームで(実際擦ってませんが・・・膝パッドもないし)で走っていました。
が、F850GSはもちろんそういうジオメトリーではないので、むしろ完全リーンアウトでイン側の足を出すくらいの勢いで、というか実際出して靴底を擦りながら、車体を寝かして走りました。
そうするとわりとタイトにくるくると回ってくれて愉快でした。リーンインで頭を低くしてコーナリングする時の目眩のような感覚は味わえませんが、開けた視界で大きな車体を寝かしこみつつというのは、また違った楽しみです。
慣らし中ゆえ、エンジンブレーキ時にも回転が上がり過ぎないようにとマイルド走行を心がけていたけど、そこの遠慮をしなくてよくなれば一層楽しく走れそうだという期待もあります。
折からのコロナ騒動で、「三密」を避けよというご時世なので、あまり思い切って楽しめる状況でもなかったのが残念ですが・・・。
おかげで、今まで何度も秩父に行って食えなかった「野さかの豚みそ丼」が食えました。弁当のみの販売ではあったけど、買ってすぐ駐車場で掻き込んだので、なるほど美味でした。炭火の香ばしさがなんとも絶妙で。
自粛自粛の世の中ですが、バイクはそもそも「三密」とも無縁なものです。(身体・言葉・心の三つを仏レベルにまで研ぎ澄ますという(超解釈)、本来の仏教的三密ならむしろバイクは近いところがある気がしますが)
自分が新車を買って乗りたいから、という邪な動機も否定しきれはしませんが、しかしやはり、個人的には「ウイルスとの戦い」のようなコンテキストには違和感を感じています。
人間が病気で生命を失うことは不幸かもしれませんが、「有り得ないこと」でも「あってはいけないこと」でもありません。一定の配慮は必要、予防も必要。でも今の、一人でも犠牲者を出さないためには社会のすべてを犠牲にしてもいい、のような風潮は明らかに行き過ぎていると感じます。
昔読んだ打ち切り漫画の最終回に「人間一人の命は、地球よりも重いんだ!」という主人公の叫びがありましたが、実際そんなことは有り得ません。人間一人の命に、そこまでの価値はないです。どころか、人間二人分の価値すらないのは自明です。
生命と経済とどっちが大切なんだ!という議論もあるのでしょうが、経済というのは別に株式投資に明け暮れる金持ちの贅沢のことを指すものではなく、社会生活そのものとほぼ等価なわけですから、現代においては経済の維持は生命の保護に直結もしています。
秩父で豚みそ丼目指して走っているとき、街道沿いにまだ花輪を置いて、新装開店をアピールしているケバブ店がありました。まあ、客は入ってないでしょう。長い間の準備を経て開店にこぎつけたのだろうと思いますが、いきなり潰れるのかも知れません。ほぼ日本中の子ども達は、2ヶ月もの・・・つまり1年の2割近くの、教育の機会を奪われています。
誰かがコロナウイルスに感染する「リスク」と言うものが、そうした不幸の連鎖と本当に引き換えていいだけのものなのか、逆に言って、その「リスク」のためには、そのような不幸を社会はどうしても受けれなければいけないのか 。目先の「不安」を払拭することを最優先に、予期できる将来の不幸を無視するということが、本当に道徳的で倫理的で、成熟した優しい社会のあり方なのか。
不安に寄り添うと言えば聞こえはいいですが、不安に囚われている人間に迎合することが、人間社会にとって有益なことでしょうか。
まあ、もちろん病気は流行らないのが一番ですから、節度のある行動は必要でしょうし、私も心がけてはいます。しかしまあ、とりわけ孤独を愛するライダーならば、その中で疲弊する地方経済に貢献なんではないか、と思ったりします。
新しいバイクを買ったという楽しい話のはずが変な方向に行きました。
とりあえず、そういうわけでニューマシンはF850GSです。
この後もここでブログを書くかはおいおい考えますが・・・・ひとまず以上!
250を全開で走る楽しみはそれはそれで良かったですが、せっかく持っている大型免許を活かす方向で。
BMW F850GS・・・と武甲山 |
とりあえず近所にディーラーもあるし四輪でもBMWは好きなのでということで、最初はF750GAの試乗をしに行きました。アドベンチャー系のイメージを裏切る、下手すればNinja250SLよりも足つきの良い安心感に衝撃を受けました。
自分は日本人男性の平均にも及ばない低身長かつ、まあ、言ってしまえば胴長短足体型なので(穀物より肉が好きなんですがね・・・腸の性質と体型は関係ないんだろうなと思っています)、あの足つきはかなり魅力でした。
が、アドベンチャーを欲するのは未舗装林道を走りたいからという欲求からなので、フロント21インチの850を選択しました。
Ninja250SLは楽しく乗りつつ、「金が溜まったらもう一度大型でも乗るか」とあれこれ眺め、最初はMT07とか、Z650とか。あるいはトライアンフのストリートスクランブラーとか。そういうネイキッド系を考えていました。
が、Ninja250SLで 御荷鉾林道や中津川林道などのダートを走ったりしているうちに、やっぱりダートって面白いよなと。
そもそも、自分が高校生の頃に、バイトした金で最初に選んで買ったバイクは、それこそアドベンチャーバイクの始祖にして異端と言えるようなTDR250です。それから思えば30年近く、ブランクを挟みつついろいろ乗りましたが、やはり、どれが一番好きだったか?と問われればTDRなのです。
F850GSは、見た目のシルエットがそこはかとなくTDRに似ています。ま、扱いやすそうなエンジンなどの性格はちょっと違っていますが、どちらにせよ日本の林道で持て余すパワーを持っているという意味では一緒です。
なんとなく砂漠をイメージさせるような佇まいなどに、やはり自分のバイクに対する憧れの原点のようなものを感じて購入を決めました。(スーパーバリューローンで。)
足つきを考慮してスタンダードラインを選択したので、ローシートとローダウン、かつESA(リヤサスの電子調整)なしのモデルです。
試乗ではプレミアルムラインも何とか乗れると感じましたが、やはりツーリング中の大部分を占める舗装路であまりナーバスになりつつ乗るのも嫌だったので、2cmのゆとりと引き換えに若干のサスペンションストロークとESAを諦めました。
最後まで不安だったのは、21インチホイールの旋回性の悪さです。
試乗ではF750GSもだいぶ乗りましたが、フロント17インチの750が、本当にさらっと角を曲がれるのに対して、やはり850はどこか鷹揚な感じがあり、タイトなワインディングを好む自分のツーリングで楽しめるのだろうか?という点に一抹の不安はありました。
が、慣らし一発目で200キロほど、いつもの秩父・奥武蔵グリーンライン界隈を走ってきた結果としては、まったく問題なく楽しめました!
Ninja250SLの頃は、「あわよくば膝を擦らん」といった具合のフォームで(実際擦ってませんが・・・膝パッドもないし)で走っていました。
が、F850GSはもちろんそういうジオメトリーではないので、むしろ完全リーンアウトでイン側の足を出すくらいの勢いで、というか実際出して靴底を擦りながら、車体を寝かして走りました。
そうするとわりとタイトにくるくると回ってくれて愉快でした。リーンインで頭を低くしてコーナリングする時の目眩のような感覚は味わえませんが、開けた視界で大きな車体を寝かしこみつつというのは、また違った楽しみです。
慣らし中ゆえ、エンジンブレーキ時にも回転が上がり過ぎないようにとマイルド走行を心がけていたけど、そこの遠慮をしなくてよくなれば一層楽しく走れそうだという期待もあります。
折からのコロナ騒動で、「三密」を避けよというご時世なので、あまり思い切って楽しめる状況でもなかったのが残念ですが・・・。
おかげで、今まで何度も秩父に行って食えなかった「野さかの豚みそ丼」が食えました。弁当のみの販売ではあったけど、買ってすぐ駐車場で掻き込んだので、なるほど美味でした。炭火の香ばしさがなんとも絶妙で。
秩父・野さかの豚みそ丼弁当、1000円 |
自粛自粛の世の中ですが、バイクはそもそも「三密」とも無縁なものです。(身体・言葉・心の三つを仏レベルにまで研ぎ澄ますという(超解釈)、本来の仏教的三密ならむしろバイクは近いところがある気がしますが)
自分が新車を買って乗りたいから、という邪な動機も否定しきれはしませんが、しかしやはり、個人的には「ウイルスとの戦い」のようなコンテキストには違和感を感じています。
人間が病気で生命を失うことは不幸かもしれませんが、「有り得ないこと」でも「あってはいけないこと」でもありません。一定の配慮は必要、予防も必要。でも今の、一人でも犠牲者を出さないためには社会のすべてを犠牲にしてもいい、のような風潮は明らかに行き過ぎていると感じます。
昔読んだ打ち切り漫画の最終回に「人間一人の命は、地球よりも重いんだ!」という主人公の叫びがありましたが、実際そんなことは有り得ません。人間一人の命に、そこまでの価値はないです。どころか、人間二人分の価値すらないのは自明です。
生命と経済とどっちが大切なんだ!という議論もあるのでしょうが、経済というのは別に株式投資に明け暮れる金持ちの贅沢のことを指すものではなく、社会生活そのものとほぼ等価なわけですから、現代においては経済の維持は生命の保護に直結もしています。
秩父で豚みそ丼目指して走っているとき、街道沿いにまだ花輪を置いて、新装開店をアピールしているケバブ店がありました。まあ、客は入ってないでしょう。長い間の準備を経て開店にこぎつけたのだろうと思いますが、いきなり潰れるのかも知れません。ほぼ日本中の子ども達は、2ヶ月もの・・・つまり1年の2割近くの、教育の機会を奪われています。
誰かがコロナウイルスに感染する「リスク」と言うものが、そうした不幸の連鎖と本当に引き換えていいだけのものなのか、逆に言って、その「リスク」のためには、そのような不幸を社会はどうしても受けれなければいけないのか 。目先の「不安」を払拭することを最優先に、予期できる将来の不幸を無視するということが、本当に道徳的で倫理的で、成熟した優しい社会のあり方なのか。
不安に寄り添うと言えば聞こえはいいですが、不安に囚われている人間に迎合することが、人間社会にとって有益なことでしょうか。
まあ、もちろん病気は流行らないのが一番ですから、節度のある行動は必要でしょうし、私も心がけてはいます。しかしまあ、とりわけ孤独を愛するライダーならば、その中で疲弊する地方経済に貢献なんではないか、と思ったりします。
新しいバイクを買ったという楽しい話のはずが変な方向に行きました。
とりあえず、そういうわけでニューマシンはF850GSです。
この後もここでブログを書くかはおいおい考えますが・・・・ひとまず以上!
追記
このブログはNinja250SLのことだけ書いてきたので、F850GS用に新しいのを作りました。
・・・このIDが空いてた時点で、F850GSは意外と人気ないようだと思ったけど気にしない。
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